HIKARI BYOUB

2019/08/15 19:41

1話:思わぬ出来事




私の父である竹内武司(たけうちたけし)こと

通称「たけちゃん」より

突然電話があったのは

かれこれ5年も前のこと…。

たけちゃんは田舎の襖製造会社を営む社長、

そして当時私は、東京でフリーで働く身。

もの心ついた頃から話す機会は

ほとんど無かったので、

電話が来る…そのこと自体が

すでに思いもよらぬ出来事でした。

「ゆみちゃん(私)、屏風を光らせんかね?」

…この唐突な申し出に

「父ちゃん、何言っとるのー?」と、

ならなかったのは、

実は不思議なことにその時私も

同じような事を考えていたからなのでした。

この1本の電話が、

新たな光が誕生するはじまりの予感…

そして、これから繰り広げられる、

父娘の開発壮絶バトルの

始まりのホイッスルでもあったのです。


※注釈:「光らせんかね?」

 →「光らせることはできないか?」の

      三河弁です。






2話:父と娘



皆さんにとって、

父親とはどんな存在ですか?そして、

ご自身が父親という立場にある方にとって、

娘とはどんな存在でしょうか?

ある時期が来ると女の子は

父親から距離を置いてしまうことがある…

とは、よく耳にする話ですが、

私もやはりその内の1人でした。

照れくさい気持ちもあるのか、

決して嫌っているわけでもなく、

どうしてなのか

理由は自分でもよく分からないのです。


そんな関係の父と、

まさか1つのものを

創り始めることになるとは…。

そして、一緒に創り上げるには

どうしたって話をせざるを得ません。

どうやって光らせるのか?

素材は?作りは?大きさは?色は?…

図面を描いて検証したり、

一緒にLEDを探しに行ったり…。

あれこれ試行錯誤の上、

なんとか第1台目の試作品完成へと

到りました。

…と、ここまでは、

わりとスムーズに事が運んだのでした。

そう、ここまでは・・・・





3話:時代の価値観



たけちゃんは昭和16年、

第2次世界大戦勃発のその年に誕生。

そして、私が生まれた昭和45 年は、

まさに、日本の高度成長期のまっただ中。

たけちゃんにとっても

いけいけどんどんの時期だったはずです。


文字どおり、平屋だった小さな作業場が

機械を導入してスペースを広げ…、

3階建の建物となり…、さらに増床し、

その内に第2工場もできて…という過程の中、

父母が黙々と働く姿を

私はずっと横で見ながら育ってきました。


一方、私はといえば、

そんな「いけどん時代」を

身を以て感じていません。

私が社会に出る直前に

バブルはチリとなり散乱したのでした。。

それまでの確固たる価値観がゆらぐ時代を

迷いながらも懸命に渡ってきた…

そんな気がしています。


大量に生産することが経済を活性化させ、

世の中も自分も潤うこととなる

…というたけちゃんの価値観。

既成概念に違和感を覚え、

本当に豊かになることとは何か?

を追究しようとする…私の価値観。

2人の間にある溝に気付き始めるのに、

開発をスタートしてから

そう長くはかかりませんでした。






4話:伝わらない気持ち



”魂が入ったものを作りたい”

…ずっとそう思っていました。

それにはまず、作り手の気持ちが肝心で、

さらに使い手が長く大切にすることで、

ものはより魅力やパワーを

増していくものだと思っています。

大量生産、大量消費の中では

作り手、使い手の気持ちが

疎かになってしまっているように

私にはどうしても思えてならなかった。

経済の活性化には、

そういうものも必要だろう…、けれど、

「ヒカリビョウブはそうしてはならない」

という赤ランプが心の中で

どうしても消えなかったのです。


人の手によってひとつひとつ

心を込めて作るものの良さを伝えようと

あの手この手で説得しても

聞く耳持たぬ我が父たけちゃん。

そして、さらりとこう言います。

「中国で大量生産したらどうだ?」

「木枠をプラスチックにしたらどうだ?」


・・・・


「ぅおんどれ、ぅわりゃ〜〜〜!!!」

の勢いで、何度電話口で叫んだことか…。

3,4年前、渋谷区広尾3丁目付近で

時折発せられた叫び声・・それは私です。

ご近所の皆様、大変申し訳けありませんでした。


けれども、それほどこのことが

これからの時代に大切で、何より、

たけちゃんと

たけちゃんが育ててきた会社にとって

意味のあることだと信じていました。

それが、全く伝わってくれないのでした。






5話:機械製造と手技



そんなこんなで、

まさに「水と油」、「犬と猿」…

なかなか相容れない頑固一徹の父、娘。

けれどもひとつ、たけちゃん(父)によって

大きく心動かされたことがありました。

それは、たけちゃんの会社で初めて

木材製材用の機械に向かった日のこと…。

小さな古い機械でした。でもそこには、

長年使い込まれてきた存在感と

どこかやさしい風格がありました。


組子(木枠)作りに挑戦しようと

自ら製材に挑んだ時、ウィ〜ンという

大きな音におののきながらも、

「えいやっ」と全神経を集中させました。

……ん!?今 私、

「えいやっ」って気持ち入れたよね…。

 
がーーーーーん。

今思えば工場で働くおじさん方々に

失礼きわまりない

「機械製造=気持ち入っていない」

…という私の中の単純図式が

もろくも崩れ去った瞬間でした。

機械製造だからといって、

魂が入らないわけではない。

その逆で、手技だからといって、

全て魂が入るとも限らないだろう。。

「機械か手技か?」は問題ではなく、

作り手がどれほど真摯に

気持ちを…そしてさらに魂を

投影することができたかどうか…。

それが大切な事だと気付かされたのでした。


小さな機械が持つやさしい風格は、

まさにこれまで使用してきた幾人もの人達の

そんな心の積み重ねで

生まれたものなのでしょう。






6話:たけちゃんの夢



その後、機械に対して

印象が変わりつつある私に、さらに

母からのこんな言葉がありました。

「お父さんが機械を導入したのはね、

特別な人ではなくどんな人でも

襖を作れるようにしたい…

そういう夢があったからなんだよ。」


たけちゃんにそんな夢があったなんて…!?

でも、よくよく考えてみたら

しごく当たり前のこと。

夢があったからこそ

こうして会社は成長してきたのだから、

工場にある機械のひとつひとつに

たけちゃんの夢が詰まってないわけがない。。

もしかしたら、

私が昔ながらの手技の良さを力説したことは、

たけちゃんにとっては

今まで必死で築き上げてきた夢を

頭から否定されてるように思えたのかも

しれないな…。


これまでの数々の口論での、

決して流暢ではないたけちゃんの反論に、

なんとなく共通して感じていた

キーワードがありました。

それは「多くの人達と共に」…ということ。

個で飛び抜けるよりも、

皆で一緒に歩むことを大切にしたい…。

「どんな人でも作れるように」という夢も

そんな願いから溢れ出てきたものの

ひとつのように感じられました。






7話:おじいちゃんからのメッセージ



襖材の仕事は、

たけちゃんのお父さん、

つまり私の祖父の代より始まりました。

若いうちから職人として修行を積み、

腕のいい、とても穏やかな人柄だったと

聞いています。


私は祖父に会ったことがありません。

というのも、私が生まれた時は既に

他界してしまっていたからです。

たけちゃんが自分の跡を継いでくれることを

大変喜んでいたおじいちゃんでしたが、

ここでもやはり、

仕事への考え方に確執があったようです。


ひとつひとつ細部まで

丁寧に作り上げていくおじいちゃん…

細かなところより、

効率の良さを優先するたけちゃん…

相容れない2人がようやく心を開き始め

さあいよいよこれからという時の

不意の事故でした。


当時たけちゃんは23歳。

それからいかに父なき時代を

必死に駆け抜けたかは想像ができます。

おじいちゃんだって本当は

我が息子と一緒に襖材を育てていくことを

心より願ったはずだろう。


私がこのことを知ったのは

ヒカリビョウブを始めてから

ずっとずっと後のことでした。

そしてもしかしたら、

私がたけちゃんに伝えようとしていたこと…

それは、おじいちゃんが息子へ

どうしても伝えたかったメッセージを

私に託したのではないか?

…そんな風にも思えたのでした。






8話:ものをつくるもの



ヒカリビョウブは

父と2人で始めたものだと思っていました。

けれど、こうして紐解いていくと

祖父から父へ、そして父から私へ…

色々な確執をはらみながらも、

受け継がれる意志の存在を感じます。

それはもしかしたら、

想像よりもはるか遠いずっと前から

脈々と続いてきたものなのかもしれません。

ヒカリビョウブはそんな自然の流れの中で、

今この時代にあるべき姿として

存在して欲しいと願います。


ものを作るのに必要なもの…

作るために必要な素材や道具よりも、

まず先に無くてはならないもの…

それは「作ろう」という意志であること。

そして、誰が、何のために、

どんな思いを持って作ったのか…

ものは結局そういった

願いの結晶であることを

開発を進めていく中で感じてきました。


今は、あまりの頑固さに諦めたのか、

面倒臭くなったのか、

はたまた少しは理解を示してくれたのか…

たけちゃんはヒカリビョウブのことを

全面的に私に任せてくれています。

けれども、

たけちゃんの夢、

そしておじいちゃんの夢も

必ず一緒に乗せていきたい…

そう思っているのです。




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2014年の手記を一部修正して掲載いたしました。

最後までお読みいただき、

ありがとうございました。

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